パートナー


 一日の旅を終えて、宿へ向かう途中だった。
 ふと背後に鋭い視線を感じて、ロビンははっと振り返った。
「……誰だ?」
 だが、外にいるのは村人たちばかりで、自分たちに視線を向ける者は一人もいない。おかしいと首を傾げつつも、ロビンは前へ向き直って仲間の背中を追った。その様子に気付いたジェラルドが、ロビンに尋ねた。
「ロビン、どうかしたのか?」
「いや……なんでもない。気のせいだったようだ」
 ロビンは首を振って何もないふうを装ったが、ジェラルドは顔をしかめてロビンの顔を覗き込んできた。
「気のせい? そんな軽そうな顔じゃなかったぜ、さっきのは」
「本当になんでもない。……おいジェラルド、遅れてるぞ」
 二人で話していたので仲間からはぐれそうになっていたのを、ロビンが指摘し、仲間たちの方へ向き直った。ジェラルドは納得がいかないという顔をしながら、ロビンの後に付いていった。
 ――ロビンの感じた視線は、気のせいなどではなかった。


 夕食も済み、それぞれの部屋でくつろいでいる時間。ロビンだけがその部屋にいた。
 同じ部屋のジェラルドは一人で外に出ていった。しばらく帰ってくることはない様子だったので、ロビンは部屋を見回してから壁に立てかけておいた剣を手に取り、腰に差した。
 宿屋に入る前に感じた、あの視線の主を確かめなければならない。
 最初はジェラルドにも言った通り「気のせい」かと思っていたのだが、時間が経つごとに、薄れるどころかその受けた視線はより鮮明によみがえり、宿屋の中にいても突き刺されるような感覚に襲われた。
 恨みを買った覚えはないが、それでも気になる。ロビンは部屋を出て階段を駆け下り、宿屋の外に出た。
 外はすっかり暗くなっていて、人の姿もほとんど見えなかった。所々にあるたいまつのおかげで、村の中を歩くぶんには支障ない。ロビンは村の中を視線に気をつけて慎重に歩きながら、主を探すことにした。
 しかし、しばらく経っても、全く視線は感じない。まれに出くわす村人には、夕方感じた鋭いものはないし、そもそも、こんな夜の村に視線の主がわざわざ出ていることすら有り得ないかもしれないと、ロビンは思い始めた。諦めて宿に帰ろうと、宿の方へ足を向けたその時、村の奥にある広場の方から、風に乗って聞き覚えのある低い声が耳をかすめた。
「……わざわざ…………なことだな……」
 ロビンは気になって、そちらに近づいてみることにする。今度は先程とは違う声が響いた。
「ふん、俺たちは受けた恩は忘れない主義でな」
「それにしても執念深いんだな。二度もロビンに倒されて、また来たのか?」
 ロビンははっとなった。会話の中に自分の名前が出てくるとは思いもしなかった。その上、広場に近づいて声が鮮明になるにつれ、最初に聞こえた聞き覚えのある声が、誰のものかがはっきりと分かった。
「ジェラルド……か?」
 呟き、とうとう広場の前まで着いたロビンは、対峙している一人の青年と三人の男たちを見て、やっと確信が持てた。一人いる青年は、体格や髪型から見てもジェラルドに違いない。だが夜の闇が暗く、あとの三人が誰なのかまでは分からなかった。
 ジェラルドと三人の会話は、続く。
「お前にも、一度は倒されたことがあったな?」
 三人の中の一人が、言う。
「……だから、何だ?」
 ジェラルドの声がぐっと低くなり、聞いているだけで背筋がぞくりとした。その後一呼吸置いてから、男達の嘲り笑う声が聞こえた。その声は思わず緊張してしまったジェラルドの声と違って不愉快なことこの上なく、ロビンは知らずのうちに拳を握りしめていた。ジェラルドの表情は、暗くて窺えない。
 やっと男たちが笑うのを止めて、また別の一人がジェラルドに言った。
「分からないのか? ここでケリをつけようって意味だ」
「ほう」
 ジェラルドは顎に手を当て、ふっ、と笑い声をもらす。
「そういうことなら、手加減しないぜ?」
「それは、こっちの台詞だ――!」
 瞬間、ジェラルドの姿勢がさっと低くなり、拳を振り上げてかかってきた男を難なく避けた。最初の男に続き、次々と男たちがジェラルドに殴りにかかる。だがジェラルドは対して大きい動きも見せずにそれを全て避け、男たちに悔しさの声を上げさせた。
「な、何っ?」
「く、こ、こいつ……」
「かかってきたわりには甘い殴りだ。どうする、まだやるか?」
 挑発するように発したジェラルドの声が、ロビンにとっては頼もしい。
 男たちは挑発に乗ったらしく、すぐに構えて唸り声を出した。
「当たり前だ!」
 一人目、二人目、三人目と、またしても男たちが順番に殴りにかかったが、ジェラルドは軽く避けた。ロビンから見ていても男たちの殴り方は甘く、少々鈍足な彼でも楽々と避けられるものであった。男たちはそれでも諦めず、次々とジェラルドに殴りかかってはかわされていく。
 緊張してその成り行きを見守っていたロビンは、思わず唾を飲み、地を再び踏み直した。その時、ロビンの靴が地面にこすれて音が響き、広場にいた四人は一斉に広場の入り口――つまり今ロビンがいる場所――を振り向いた。ロビンはしまったと思ったが、後の祭りだった。
「ロビン! なんでここに――」
 ジェラルドが驚いて発したその声も、意地の悪そうな笑みを浮かべた男たちの声に遮られてしまった。
「あ、あいつだ、ロビンだぞ!」
「なんだ、こんなところにいたとはな」
 早速ロビンの姿を確認した男たちが、ロビンの方へじりじりと迫ってくる。ロビンは唇を噛み、どうすればいいのか思考をめぐらせた。彼らが近づいてきてやっと分かったのだが、彼らは以前、トレビの町で行われていた行事『コロッセオ』に出場し、ロビンに負けてしまった者たちだ。こんなところまで追ってくるなんて、とロビンは半ば呆れてしまったが、今はそんなことを言っている場合ではない。なるべくなら傷つけたくはないが、相手は手加減などしないだろう。
 ふと、近くまで寄ってきた男の一人が、「はあっ!」と声を上げ、ロビンに向かって真っ直ぐにジャブを入れてきた。ロビンは咄嗟に気付きかわしたが、その横からはまた違う者からの拳が迫っている。しまった、と気付くももう遅い。ロビンはその拳をまともにくらい、勢いよく倒れ込んだ。
「ロビン!」
 ジェラルドの叫び声が遠くで聞こえる。意識はあるものの、腹に入れられた拳のせいで鈍痛が走り、身動きはおろか声すら出ない状況であった。男たちは再び嘲笑し、再び倒れ込んだロビンに向けて蹴りを入れる。避けることもできず、ロビンは蹴りを背中にくらってうずくまった。息が荒く、背中にも腹にも鈍痛が走っている。とても動けるような状態ではない。ロビンは動けない自分に腹が立って、どうしようもなかった。
「ぐ……っあ……」
「手加減、しすぎたんじゃないか?」
 一人の男が、ロビンの前に立って嘲り笑う。それにつられて、他の男たちも笑った。腹が立ち、唇を思いっ切り噛んで自分を奮い立たせようとしたが、力を入れるだけで腹の痛みが疼いてしまって力が入らない。ぐっ、ともう一度苦悶の声を上げ、ロビンは意識を失いそうになるのを懸命にとどめた。
 ジェラルドに助けを乞うことさえ、ままならない――。
「ジェラルド……」
「――ロビンに、」
 ロビンが微かな声でジェラルドの名を呼んだその時、男たちの後ろで低い声が響いた。その声のあまりの恐ろしさに、男たちはゆっくりと振り返る。
 瞬間、顔を上げてロビンが見たものは。

 拳を振りかざして迫る、ジェラルドの姿だった。

「触るなあっ!!」
 男たちは驚く間もなく、次々とジェラルドの拳をくらって倒れていった。ロビンが鈍痛に耐えながらゆっくりと体を起こすと、目の前にはジェラルドが息を荒くして立っていた。彼の顔を見上げてみれば鋭いものが宿っており、相当怒っているというのが感じられる。
「ジェラ、ルド……?」
「ん?」
 ロビンの微かな声に気付き、ジェラルドはロビンの方に目をやった。先程とは違い随分と優しげな目を向けられて、ロビンは心が温かくなる。
 ジェラルドがいなかったら、死んでいたかもしれない。そのことを思って、ロビンは感謝の言葉を口に出した。
「ありがとな、ジェラルド……」
「いいや、当然のことだ。だって俺たち、親友だろ?」
 親友。
 ロビンにとっては、かけがえのない大切なもの。
 幼い頃からいつも一緒にいた、彼のこと。
「親友、か……そうだな」
「その上、」
 そう言い、ジェラルドはしゃがんで、ロビンの腕を自分の首に回した。そうして彼の強い力を借りて、ロビンは立ち上がる。倒れている男たちを一瞥して、ゆっくりとした足取りで宿屋へ戻りながら、ジェラルドは言葉の続きを口にした。
「今は、仲間――そうだよな?」
「もちろんだ」
 ロビンが頷いて笑うと、ジェラルドもへへ、と笑った。今、こうして二人で友情を確かめ合えるということが、何よりも二人にとっては喜びだった。今回の旅では色々なことを経験したけれど、二人は初めから今まで、ずっと一緒に旅をしてきたのだ。いわばパートナー、大切な“相棒”だ。
 二人はしばらく笑い合いながら、宿屋へと帰っていった。
 彼らはこの出来事を、生涯忘れることはないだろう。




「Season World」管理人の夏目橙子様から頂きました小説です。
以前「黄金の太陽同盟」様で行われた絵チャット会にて、「何かリクあれば書きますよ」という
太っ腹意見を頂きまして、ちゃっかりリクしてきました(笑)。
「ロビンとジェラルドの友情ものお願いします」ととんでもねーリクしましたよ(笑)。
そしたらこんなお素敵SSが・・・っ!!
ジェラルドカッコよすぎだああぁぁぁーーーーーーーーーーーッッッvvvvvvvvvv
確かにジェラルドって、喧嘩にゴイスー強そうなイメージありますよね〜vvvvv
トレビの負け犬(笑)相手にラクラクと勝っちゃうジェラルド。ああ・・・、ステキ・・・vvvvv
守ってもらえるロビンが羨ましすぎる・・・!
最後の2人のやり取りに激萌え燃えですよッvvvvv親友・・・、良い響きでございます。
もちろんやましい方のイメージも膨らんじゃいましたが(汗)。
橙子様、GRAZIEです!

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